会社員時代、自社商品のマニュアルや送付物の説明がわかりにくい場合、上司や商品の主管部門に問題を指摘したりカイゼン案を提案したりした。
「そうなんだよね~」「うちの会社だから」と展望のない共感を示されて終わることが99%。
稀に「検討します」といわれることもあったが、追加の質問もないままに、よりわかりにくくなった説明に変わっていった。
数々の経験から、問題の指摘や改善提案はムダと信じるに至った。
公開されている説明がわかりにくいために、営業担当として過ごした間は「わかるように説明してくれる」が、自分自身のウリとなった。
個人的にはよかったなぁ、と思いいたった。
そこまで考えて、ハタと気がつく。
あれ?
わかりにくいことで得している人がいるってことか?
そのために、わざわざ企業や行政の情報はわかりにくくなっている、のかもしれない。?
法律がわかりにくいから、弁護士や司法書士がいる。
手続きがわからないから、社労士がいる。行政書士がいる。代書屋がいる。
代理店がある。
ハードルを高くして、商売を生む。
「わかりやすくしましょう!」
聞くはずもない相手に訴えていたのだな。
利害共同体だと思っていたら(顧客にわかるように説明したら企業にもメリットある)、利害は対立していたのかもしれない。
消費者、生活者、市民、国民として、「わかりやすく」は「私の権利」と迫っていくのが、正しい道、ということだ。