「車いすで無人駅利用「わがまま」ですか?」という記事を見た。(朝日20210410)
対応できなかった例について当事者がブログで紹介したら、
もっと早めに連絡をとか理不尽な要求だとかいう批判もあるという。
その場合に必要となる人手をどう考えるかということだと私は思う。
かつて、ベビーカーを利用していた時期。
最寄り駅には、下りエスカレーターがなかった。エレベーターもなかった。
往路は最寄駅から、復路は隣の下りエスカレーターのある駅を利用して20~30分歩いて帰った。
その経験から、個人での対応方法はあるよね、と一瞬思ったのだが、待て待て。
車いす利用者だったら、
①駅間の移動を歩くわけにもいかない
②駅間がもっと離れていたらタクシー利用も費用が尋常ではない
③そもそも車いす対応のタクシーが限定的
と問題山積。
これまで、その解決方法は個人・家族の問題とされていたのだと思うが、
家族の数も少なくなり、離れて住むようにもなり、
介護だって社会化されて久しい「いま」。
高齢化が進みバリアフリーがますます必要になる「いま」。
公共交通機関はどうあるべきなのだろうか?
「無人化」は、コスト的には企業が取りたい策かもしれないが、
「企業が提供する価値」の意味合いが、その策をとることで大きく変わってくるのではないか。
「無人化」しても、たとえば、
①配慮を要する乗車を必要とする人が事前相談できる窓口を設ける
②いつでも対応できるボランティアの詰所を作る
など、「企業提供価値を高める」手段はあるはずで、
交通機関各社のみなさまは、よく考えてみて欲しい。
自分が高齢化して車いすを使うようになった時。
移動の必要がでたら、交通機関はどのようにあって欲しいのか。
家族の手を煩わすのか? その家族は現実にそばにいるのか? 対応可能なのか?
これまで他人事と考えていたことが、意外にもリアリティをもって迫ってくると思うのです。